人生の第三コーナーの衣食住

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オペラにはまった―ヴィットリオ・グリゴーロ、セクハラ事件からの復活

9月の敬老の日の連休、ローマ歌劇場の公演を観にいった。

ひとつめは17日のトスカ、翌18日はラ・トラビアータ。いずれも有名な演目だが、一度も観たことはない。

 

オペラにはそんなに興味がなかった。教養のためと、いくつか観たことはあるが、外国語の歌を字幕で意味を追ってもあまり感動しないし、話は大体古臭い。障害に阻まれる純愛はいつの時代にもあるけど、古典オペラの舞台では身分制度が基本にあり、「フィガロの結婚」なんて領主の初夜権なんて出てくる。

 

今年の初めにウクライナ歌劇場の「カルメン」を観に行ったが、これはウクライナの芸術家への応援。

 

ローマ歌劇場の日本公演はテレビ東京でやたらと宣伝しており、ミラノスカラ座ではないが、オペラ発祥の地イタリアだからローマも凄いんだろう、演目も有名だから観ておこうか、くらいの気持ちだった。安い席は早々に売れていて、それなりの大枚をはたくことになった。同じ劇場である必要もないと、トスカは神奈川県民ホール、トラビアータは東京文化会館にした。

 

手が痛くなるから拍手はしないと決めていたのだが

初めて入場した神奈川県民ホール山下公園に面した、港の見える気持ちの良い劇場だった。相変わらず30度越えの真夏日で、15時開演までに少し元町商店街をウロウロしたのでちょっと疲れていた。あらすじは予習してきたが、初めて観る演目のどこで拍手をしたらいいのかわからないし、手を叩くのは痛いので他の観客にまかせようと決めていた。

 

トスカの第一幕のテノールのアリア「妙なる調和」。ヴィットリオ・グリゴーロなんて、犬のゴロスリみたいな名前の歌手にのっけから圧倒された。われを忘れて手を叩いていた。男性オペラ歌手で知っている名前はひと昔前の三大テノールくらいだった。

 

翌日のトラビアータの方が、有名な「乾杯の歌」の合唱もあり、バレエも加わる絢爛豪華な舞台だが、主役の青年貴族アルフレードテノールが初日のテノールの人だったら良かったのに、とつい思ってしまった。

 

若い頃は超絶イケメンだったグリゴーロ

連休明けはずっとグリゴーロの検索三昧。歌声に圧倒されたのだ。まあまあいい席だったが、私の安物の携帯オペラグラスでは歌手の顔を鮮明な大写しでみることはできない。PCで画像をざっと見ると、これがなんと往年のマストロヤンニ風のいいオヤジ、イケオジである。

 

Before

オペラ歌手としてデビューしながらもポップスを謳っていた若い頃は、ほっそりとして、少しこけた頬やシャープなアゴの線が魅力的な超イケメンだった。白黒文芸映画の「パルムの僧院」のファブリス・デル・ドンゴや「赤と黒」のジュリアン・ソレルを演じたフランスの美男俳優ジェラール・フィリップを彷彿とさせる。笑い顔は日本の瀬戸康史風で可愛い。横顔はオダギリ・ジョー風か。この顔で、タイタニックのMy Heart will go on や、イタリア語でささやくようなCosiという歌を歌うのである。

 

20代の頃か?

After

30代からポップスは封印してオペラ歌手に専念したようだが、皆が苦しんだコロナの2-3年間は、オペラ歌手にとっては特に災難だったのだろう。公演がないと一度に大量のカロリーは消耗しないし、次の公演の当てのない練習も普段よりゆるめだったのかも知れない。すっかり太って二重アゴ。ひげ面で、かつての白皙の美青年も、こんなになるのだ。金正恩のようにスーツの肩が盛り上がり、後ろからみた首に二重線が入りそう。

 

2020年サンレモ音楽祭。丸々してます

日本公演中のセクハラ疑惑

コロナ勃発前の2019年9月、英国のロイヤルオペラハウス(ROH)の日本公演の際、セクハラ行為を指摘され、降板。その後のNYメトロポリタン歌劇場(MET)での予定も下ろされたそうだ。

当時のニュースによると、「ファウスト」のカーテンコールの際、妊婦役の女性の詰め物で膨らんだ腹部を撫でまわしたという咎である。ジャニー喜多川のような夜這いではなく、公開の場であるが、女性が嫌だとはっきり言っていたそうだ。調査に入る前の容疑の段階で即降板、を決定する英国、米国というアングロサクソンの容赦なさは目をみはる。#MeToo運動も盛り上がっていた時期であったことも影響したのかもしれない。

このzero toleranceゼロ・トレランス,、一切の寛容は許さない感覚では70年近く続いたジャニーの性加害を隠蔽していた日本はいかにも生ぬるい、となる。

 

公演を観た日本のどなたかが、「グリゴーロの行為には特に違和感はなかった」という趣旨のコメントをツイッターか何かで公開し、「事件」の4日後、既に公演先の日本から「追放」*されたグリゴーロは、インスタグラムで「日本の方々の支援に感謝します」という趣旨のメッセージを公開している。

 

*日本の公権力による国外追放ではなく、公演主催者のROHが、降板でもう日本に  いる必要はないと帰国させたようだ。

 

降板の連続後、ようやく復活

その後の調査結果でグリゴーロの行為は基準を下回る、inappropriateと判断された。続く別の地での公演も次々と降板させられたようだ。

 

翌年の2020年夏にはロシアでの野外音楽フェスに出席して美声を響かせていたが、英米のメディアは「追放されたグリゴーロ、ロシアにヘルプを求める」と皮肉っていた。コロナに加えて干されていた時期だから、余計太ったのかもしれない。

 

ほとぼりが冷めたのか、グリゴーロもこの事件から復活した。今年初めのサントリーホールでソロコンサートより前、まだ日本入国後14日間の行動制限のあった時期にもソロコンサートのため来日していた。「たとえ14日間動けなくても、日本に来たかった」とのこと。セクハラ男のレッテルを貼られた辛い時に、日本人のツイッターに慰められたのかも知れない。

 

が、主役なら何をやってもいい、ということではない

にわかオペラファンでも主役のテノールはソプラノと並びオペラの華そのものだということくらいはわかる。カーテンコールでは悠然と最後に登場する。観客の拍手はいや増して大きくなり、ブラボーの連発。時にはスタンディングオベーション。女王様気分、王様気分になるのは容易に想像できる。歌舞伎にカーテンコールはないが、今年自殺未遂(?)をした市川猿之助は、殿様気分でやりたい放題だったという報道が出た。オペラなら領主様気分か?

 

サービス精神旺盛なグリゴーロだけど

それで思い出したのは、神奈川県民ホールでのトスカのカーテンコールのシーン。グリゴーロはおちゃらけサービス精神満載だった。共演者や、指揮者はじめオーケストラメンバーへの拍手を、観客に対しひとりで懸命に求めていた。拷問で血だらけになった衣装のまま、コメディアンのようにおどけながら、オペラを支える全ての人への賞賛を求めるコントラストも鮮烈。観客が一斉に退出するタイミングを避けて早めに退場したが、その歌声で雷に打たれたようになった上に、ずいぶん愛想のよい主役テノールだったなあ、という強烈な好印象を抱いて家路を急いだ。

 

相手が嫌だと思えば「不同意」「強制」

2019年のファウスト日本公演でのカーテンコールでも同じノリだったのだろう。が、男性に同意なく気安く触られるのを歓迎する女性はいない。若い女性ならなおさら、若くなくてもいやなものは嫌だ。端役の若手でも、たとえ相手が大スターであっても、「詰め物部分」であっても、公衆の面前で撫でまわされたくはないだろう。

グリゴーロも自分はもはや、ジルダのような若い女性を含めたすべての女性を魅了するマントヴァ公爵ではなく、40半ばの小太り中年男になったということを自覚しないと。

世界を舞台に歌い続けて欲しいから、日本にもまた来て欲しいから、女性になれなれしくする場合は、相手を選んで慎重になって欲しい。

 

学習しない大御所男性が多すぎる

グリゴーロが糾弾されたのと同じ頃、80近くになってプラシド・ドミンゴが、複数の女性にセクハラで告発され、謝罪に追い込まれた。ドミンゴと同じ出身地スペインのサッカー連盟会長は、今年の女子サッカーで優勝したスペイン代表選手に無理やりキスをしてすったもんだの末、会長辞任。つい先日のこと。日本でも女子選手の金メダルを噛んだ名古屋市長もいた。

皆、高い地位にいる男性だがホント学習しないねえ。

 

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減量もお願いします

日本公演で、是非あの歌声を聞かせて欲しいので、セクハラで降板、追放、なんて繰り返さないで欲しい。それから、贅肉を減らすこともお願いしたい。ご本人も王子様や貴公子の役をやり続けたい、とインタビューで言っている。私が観た今年9月のグリゴーロは、2020年頃より体重は落ちていたようだが、若いロミオ役もアルフレード役も無理がありそうで、あまり見たくはない。

 

5月に歌舞伎座で、78歳の片岡仁左衛門の「いがみの権太」を間近で観た。もともとほっそりしているし、歌舞伎の厚化粧で若作りしていたが、首筋のシワや裾をまくった時に見える脛の老人臭さは隠しようがない。

 

美声同様、容姿も本人の鍛錬でいくつになっても相当維持できるはずだが、元の美形に近い姿のグリゴーロを生で楽しめるのもあと数年か。劇場は階段ばかりでバリアフリーとは程遠い。観る側の自分も足腰が弱くなっていく。楽しめる時におおいに楽しもう。

グリゴロさん、素敵な歌をありがとう!

 

(2023年10月6日記)