人生の第三コーナーの衣食住

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山口県阿武町と犯罪収益移転防止法 海外に移転したお金を取り戻すには

山口県阿武町が町民の一人に誤送金した4630万円のうち、かなりの金額が町の側に「法的に確保」されているというニュース。

 

「犯罪収益移転防止法」という文言がこの事件にからんで流れると、15年ほど前の遠い記憶が戻ってきた。ブログをはじめようと思ったきっかけでもある、自身が外交官になって良かったと思える仕事を思い出した。スイスに移転した闇金被害者のお金を取り戻す外交交渉である。

 

他に移転してしまったお金を取り返すのは真剣勝負

山口組暴力団五菱会(ごりょうかい)の梶山進が闇金融で得た「犯罪収益」を、クレディスイス銀行(金融機関は疑わしい取引は届け出義務がある特定事業者)が、スイスチューリッヒ州の同人の同行口座に送金「移転」した50億円余りのお金を取り戻すことに主体的にかかわったのである。阿武町顧問弁護士同様、私もあらゆる手段を考えお金を取り戻そうと必死だった。

 

スイスは犯罪収益による富国では圧倒的な国際競争力がある

誤送金した金額の9割を取り戻した阿武町と違い、私が担当した件は半分ほどしか戻らなかった。それは日・スイス双方に次のような事情があったからだ。

  • スイス連邦政府とチューリッヒ州政府は連邦制を巧みに使い分け、「州政府ガー」(返したがらない)を隠れ蓑にして犯罪収益をおいそれと日本側に戻す気はなかった。なんせ、国を挙げて経験を積み重ねた錬金術である。各国のマフィアが麻薬取引で得たお金や独裁者が怪しげな資産をスイスの銀行に秘匿する。これを没収してスイスのもの(連邦か州かを問わず)にしてしまうのである。ウエルカム怪しげなお金!
  • 日本側も闇金から借りる人たちを支持母体にしている人はほとんどおらず、報道も間歇的でマスコミの関心も高くなく、お金を取り戻す気に真剣さが見られなかった。特に、大使館員たちには任国スイスから嫌われたくない、仲良くしておいて居心地のよい任地にまた戻ってきたい、という個人的な損得勘定が間違いなくあった。

マスコミにせっつかれるのは苦痛ではあるが、それがないのもツライものである

わずかな滞納した税を徴収することも手段にする。お金を取り戻す、get your money backという1点で、阿武町の町長や顧問弁護士の必死さがうかがえる。空き家バンクを利用して阿武町に移住してきた24歳の男が、返さないとごねてネットカジノで全額すった、もう町には戻せません、挙句逮捕と話題性に事欠かなかった。これが世間の目を気にするまでもなく、間違って振り込まれたお金だからすぐにお返しします、どうぞという昔からの町民相手なら報道にもならない。

 

私も必死だったが、遠いスイスに行ってしまったお金で、マスコミにせっつかれることもなく、援護射撃もなかった。が、取り返したのは約30億円。スイスに移転してしまった「犯罪収益」を、同僚のほとんどがやる気がない中での孤軍奮闘だった。スイスと言えば「銀行」。大使館には財務省からの出向者もいる。喜ぶのは名もなき闇金被害者では食指が動かなかったのだろう。

 

ロシアのウクライナ侵攻が3か月以上続き、安全保障、軍事分析が好きな人は毎日頭を使っているはずだ。戦後の現役外交官人生の間に自国の戦争回避、戦争の早期終結という外交の王道に遭遇することは滅多にないが、私自身はこうした外交の1丁目1番地よりも、そして多くの外交官たちが好むふんわりとした国際交流や国際親善よりも、日本国や日本人(法人、私人)の財産を取り戻すことの方が好きだということを五菱会闇金融事件を通じて痛感した。

 

以下、ブログ開設理由として冒頭に記した文章

闇金融被害者の資産返還在スイス大使館勤務時時代 2005年9月~2009年1月

ある大口闇金業会長が、マネーロンダリングの手法でチューリッヒにあるスイス銀行口座に闇金融被害者の資産約51億円を秘匿。会長の日本における逮捕を受け、チューリッヒ州当局は銀行から全額没収。返還交渉ではスイス側は日・スイス間でシェアリング(折半、山分け)という概念を持ち出してきました。紆余曲折を経て2008年5月、「資金洗浄に関して没収された資産の分配に関する日本国政府とスイス連邦政府との書簡の交換について」の通り約30億円を日本の国庫に返還、被害者の方は、自身の被害を証明できれば、日本の国庫に戻ってきた資金で救済されることになりました。(2009年末の報道によれば、東京地裁は約5500人の被害者の方に支給を認める決定をしたそうです。)

円安の間に取り戻すことができればそれだけ被害者の方々の手に渡る額も増えると思っていたので、歴史的円安(1スイスフラン=約100円)の時で本当によかったです。その数ヵ月後リーマンショック円高に向かい、返還時期が遅れていたら数億円の差になるところでした。

返還が可能になったのは、「犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律」という議員立法超党派で可決され、2006年12月1日から施行されたおかげです。「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」が改正されたのも朗報でした。議員立法等で制度を整え、公務員が任務を果たせるようにすることも政治主導の大きな柱であると確信するに至りました。」

 

                            (以上)